充電システム開発・標準化はいつどのように始まったか
電気自動車の要素の一つである、街の中の充電システム、いわゆる充電インフラ、というものについて前回に引き続き解説します。
3.充電システム開発・標準化はいつどのように始まったか
充電システムは既存の電気のインフラを使えば安価に作れると言いましたが、いくつか決めていかなければならない課題があります。それは充電システムの開発、標準、ビジネスモデルの構築です。そしてその議論が本格的に巻き起こったのは1990年代半ばの米国でした。
このきっかけになったのは、1990年CARB(California Air Research Board)が、カリフォルニア州の大気汚染を改善するため、自動車会社各社に対して1998年までに全新車販売台数の2%、2003年までに10%に当たる車両に電気自動車の販売を義務づけるZero Emission Vehicle 規制(いわゆるZEV Mandate)という厳しい規制を制定したことです。98年規制の対象となった企業は、カリフォルニア州で販売実績が規定台数以上ある、GM、FORD、クライスラー、トヨタ、日産、ホンダ、マツダの7社で、それ以外の企業については2003年から実施に移されるというものでした。これらの会社にすべて電気自動車の販売が義務付けられ、カリフォルニア州で、電気自動車が毎年何万台も増え続ける社会を作るという法律が制定されたわけです。私は、この法律が結果的に電気自動車を健全に発展させることができなかった原因になったと考え、反対の立場をとっていますが、この強制導入という法律が、電気自動車の普及に対して、真剣勝負の議論を巻き起こしたことは、歴史的に見れば大きな足跡であることは間違いないと思います。
90年代に、自動車会社は今までの電気自動車開発からの大きな変革をとげました。それまでの電気自動車の開発は、バッテリやモータなどのユニットの研究や、または少量の市販によるマーケットテストを目的とした販売で、自社だけで完結するものでした。このためこれらの車は、各社が独自の充電機、充電コネクタを装着していました。特に充電コネクタは既存の産業用のコネクタの中から、自動車用として使えそうなものを、各社が独自に選んでいたというのが実情だったと思います。
しかしながら、カリフォルニア州をフィールドとして、電気自動車の社会システム構築をしていくことになれば、それは、当然カリフォルニア州側にとっても、電気自動車を受け入れられる社会基盤を整備することが必要になります。このため、充電スタンドのカリフォルニア州内の主要都市への設置と、電気自動車に対するインセンティブプログラム(たとえばフリーウェーのHOVレーンの優先利用や、ハンディキャップ駐車場への駐車、税金削減)が、重要な論点になってきました。
充電スタンドに関しては、7つの自動車会社がばらばらの考え方で、充電機と、充電コネクタを設置するということはどうしても避けたい課題でした。このためには以下の問題を解決する必要がありました。
一つ目は、充電システムの統一
二つ目は、充電コネクタの統一
三つ目は、どの業界がこの充電システムを街に設置するのか
ということです。
4.充電インフラ構築に向けた米国の取り組み
私は89年から94年まで、米国に駐在しており、この議論の渦中にいました。その後も、しばらく日本で、商品企画業務の傍ら、日米の規格のハーモナイゼーションについて取り組んできました。この時期はZEV Mandateを目前にして、充電システムの標準化と設置について、電気自動車史上、最も切迫した時期だったと考えています。そのときの充電システムの取り組みについて、以下では説明したいと思います。
充電インフラ全体に関する議論は主に、電力会社、自動車会社、州政府が入ったIWC(Infrastructure Working Council)という会議体で、90年代の初頭から論議されることになりました。充電システムの技術の標準化については、後に述べるSAE(Society of Automotive Engineering)が主体になってまとめてきました。
以下ではこの2つの会議体で決まってきたこと、そして充電システムの技術標準における米国と日本の標準のハーモナイゼーションの取り組みについて、今回、次回、次々回の3回に分けて説明をしたいと思います。
IWCにおける充電インフラの議論は90年代の初めから始まり、米国の電力関係の研究組織であるEPRI(Electric Power Research Institute)が中心になって会議を重ねました。
全米を対象とした議論でしたが、カリフォルニアのSCE(Southern California Edison), PG & E(Pacific Gas & Electric), LADWP(Los Angeles Department Water and Power)等カリフォルニア州の主要な電力会社が、電気自動車のインフラ開発に対して前向きに取り組んでいました。
この背景には、当時、カリフォルニア州の電力会社が置かれた特殊事情があったかもしれません。CARBは、自動車に対してZEV規制という、非常に厳しい規制を課してきましたが、初期の頃、その他の産業に対しては規制が甘いという側面も存在しました。すなわち、カリフォルニア州は、自州に経済基盤を持たない、自動車産業に特に厳しいZEV規制を施したのです。又、カリフォルニア州の電力会社は、1996年からの電力自由化という変革を目前に控えていました。この中で電力会社が、リスクとビジネスチャンスの両面を持つ、電気自動車について強い関心を示していたことは事実だと思います。
IWCにおける会合は何回も続きましたが、大会議でもあり、コンセンサスは得られませんでした。少なくとも自動車メーカーである我々がどうしても、決めなければならない充電システムの方向性は決まりませんでした。
このような中で、EPRIが中心となって、91年に各自動車会社、主要電力会社、サプライヤの一部から各1,2名をカリフォルニア州のNapa Valleyに召集して、少人数のワーキンググループで、今後の充電システムの方向性を決めるための議論を開始しました。この議論は泊り込みで、朝7時から、夜夕食過ぎまで続くハードなスケジュールでした。
議論は普通充電と、急速充電の2回に分けて時期をずらして行われましたが、中心は、電気自動車の充電のほとんどすべてをまかなう普通充電になりました。
議論の最初に、電力会社が、たたき台として提出してきた案は、スマートチャージャーと彼らが呼んでいた、車両に搭載するオンボードチャージャーで、家庭用コンセントから充電できる100V充電のものでした。またコードは自動車に搭載することとし、充電スタンド側としては防水コンセントとGFCI(漏電遮断機)だけをつけるというシンプルな案でした。車を家電製品と同様に考えるという発想です。
これは、自動車会社としては受け入れがたいものでした。北米の寒地に設置されているブロックヒーターのスタンドと同じものが、電気自動車スタンドになるというものです。確かに充電スタンドの投資負担は下がります。ただし、強大な電力を必要とする電気自動車の充電システムとしては、以下の理由から非常に不合理なものでした。我々は、何万台の電気自動車を、何十年にもわたって走らせようとする法律ができたからには、きちんとした電力の供給方式を、今、決めておかなければいけないと考えていました。このEPRIの主催したワークショップでの議論は、その後の電気自動車の充電システムの考え方を決定する重要な会議になり、その後のSAEの標準化、電力会社の取り組みのベースになったと思います。このため、このときの論点を以下にまとめました。
1)電気量について
提案されてきた100V 15Aのコンセントは大きな問題がありました。取り出せる電力量からいって、顧客のニーズを十分に満足させることができないことです。コンセントから取り出す電力は、専用コンセントであっても、容量の80%を原則としています。したがって、1.2kwが使える電力となります。
5人乗りのセダンの電気自動車の場合、電力消費量は200wh/km程度が普通ですから、この容量では1時間充電しても6kmしか走らないことになります。夜間に8〜10時間充電しても50km程度しか走行できません。当時、我々だけでなく、各社は電気自動車のマーケットサーヴェイを数多く行ってきましたが、長査結果はすべて、顧客は1充電走行距離として100マイル(160km)以上を望んでいるというものでした。この航続距離を満足させるためには30kwh程度のバッテリが必要となります。カリフォルニア市場向けに、その後販売された電気自動車は、ほとんどがこの程度の電気量をもっていました。このエネルギー量のバッテリを深夜電力で満充電しようとすると、充電効率などを考え余裕を持たせれば、6kw程度の充電機が必要になるというのが自動車会社のコンセンサスでした。6kwならば外の駐車場で1時間充電した場合、30km走行できます。このくらいの距離を走れれば、ショッピングセンター等の駐車場に設置する充電スタンドとしても十分な目的を達成できます。
家庭充電、公共駐車場での充電、通勤用の勤務先の充電などのケースに議論をおこないましたが、このNapaの会議で200V30Aを基本的な充電とするという方向性がはっきりしてきました。
2)オンボード充電機かオフボード充電機か?
次に充電機を車両に搭載するオンボードか、地面に設置するオフボード充電機にするかが大きな問題となりました。この会議では、充電機は地面に設置するという方向性で議論されました。
会議での自動車メーカーの主張は以下のとおりです。まず充電という作業は車が停止した状態でしか行われないことです。したがって走行中に充電機を車載する必要ありません。電気自動車はエネルギー効率を上げるため、ありとあらゆる努力を払っています。高エネルギー密度バッテリの開発のための投資、アルミ車体の採用、モータの軽量化、高効率化のためのモータシステムの開発、低転がり抵抗タイヤの開発等々です。このような限界まで努力をしているのに、停車中にしか使わない充電機を、車に搭載するということは、電気自動車の効率向上のための、これらの地道な努力を水泡に帰すことになってしまいます。
重くて、スペースをとる充電機を車の中に搭載すると言うことは、携帯電話の中に充電機を内蔵し、持ち歩いているのと同じだと考えてもらえば分かると思います。又、充電機を搭載した場合、車を買い換えるごとに、充電機も換えることになります。地上に設置する充電機は、振動も加わりませんから、建物の設備と同じで、車より長い耐用年数でも使えます。充電器を車載した場合、車両を買い換えるごとに、充電機も毎回換えることになりますから、省資源の面から見て損失になります。
実は、その後、この問題は、SAEでも決着がつかず、オフボードとオンボードが、混在した形でカリフォルニアに充電スタンドがおかれることになりました。更に最終的には、CARBに寄り切られたような形で、現在、6kw充電機は、オンボード充電システムが市民権を得ています。
私見では、今でも、私はこのオンボード充電器の方向は、技術的には大きな間違いだと思っています。既存のコンセントを使わない充電コネクタを新たに作る以上、充電システムは、社会システムとして最適化する必要があると考えます。私は、政治や、電力会社の都合とは関係なく、技術的にもう一度車載が良いのか、地上側におくのがよいのか、エネルギー、資源の観点から、きちんと検討して判断すべきだと考えます。
3)充電コードは車につけるか、充電スタンドにつけるか?
Napa Valleyの会議では太くて長い充電コードの取り扱いは問題のひとつでした。コードという厄介なものは、電気自動車に搭載するのは効率が悪いし、充電スタンド側(電力会社)も持ちたくないと考えていました。
充電スタンドを作らなければならない電力会社、行政側からすれば(後にカリフォルニア州では電力会社が、充電機を設置する会社を作りました。)、街中におかれる無人の充電スタンドにコードをぶら下げることに、不安を感じていました。
自動車側からすれば、先ほどの充電機と同じで重量増につながります。更に、車のどこにおくのかという事も問題になります。トランクの中に入れておいて、毎日、顧客が充電の度に、取り出してつなぐ作業をするのであれば、あまりにも不便です。このためひとつの自動車会社はコードリールを車両の前に付け、引き出すという案を提案しました。試作もできていたようですが、10kg以上の重量があるということで、他の自動車会社は反対し却下されました。
会議では、最終的には充電コードは充電スタンド側に搭載するということ同意が得られました。
4)電気自動車の社会システムの費用負担について
当時、電気自動車を開発し、市販化しようとしている自動車会社、もしくは電気自動車の関係者の不満は、いろいろなところにありました。その中でも、販売の数量規制という枠組みを自動車メーカーに強制するCARBに対しての不満は最大のものかもしれません。
只、他にも不満はあります。自動車会社はカリフォルニアの空質を改善することに、努力が必要であることを理解はしていましたし、何よりも電気自動車の将来性というものには大きな期待をしていました。しかし問題は、何故、カリフォルニア州の空質のために、自動車会社だけが短い期間の間に、電気自動車を数万台も市販化するというとんでもないリスクを負わなければいけないかと言うことです。
もともとの議題にはなかったのですが、このリスクと費用負担の議論が始まりました。食事をしているときに米国のある自動車メーカーからきた代表と次のような話をしました。「我々は、カリフォルニア州の空気をきれいにするために電気自動車を開発し、既に100億円以上の金を使っている。そして規制がもしそのまま実現すれば、年間1000億円以上の金が出て行くことになるかも知れない。Big3はもっと大きな損失を出すだろう。そして電気自動車の強制販売によって、その恩恵を受けるのは、カリフォルニア州だ。車を作っている日本、ミシガンはそれによって大きな痛手を受けるかもしれない。これは企業にとっても、そこに働く従業員のJob securityにとっても大きな問題だ。それに対してカリフォルニア州を基盤とし、電気自動車の市場導入によって、企業も従業員も恩恵を受ける企業と州政府が、充電スタンドの設置を簡単に済まそうとしていることが理解できない。ZEV規制のため、カリフォルニア州に基盤をおく電力会社とカリフォルニア州は、ZEV規制に対して、充電インフラのコストをシェアーすることが必要だ。」この会議の後、自動車会社と電力会社との分担の話が、米国の自動車会社を中心にカリフォルニア州の電力会社との間で議論になりました。
その後、98年のZEV Mandateは電気自動車の強制販売台数が大幅に縮小される一方、ロサンゼルスに本拠地を持つ電力会社SCE(Southern California Edison)は充電機設立のための会社Edison EVを設立しました。
規制が実現された98年当時に、電気自動車に乗ってロサンゼルスを丸1日走り回りましたが、郊外を含めて各地に充電スタンドが立ち、州政府も電気自動車にやさしい施策を次々に打ちだしたため、本当に快適に電気自動車で走り回ることができるようになりました。米国の自動車会社と電力会社の分担がどのような経緯で進められたかは、知る由もありませんが、自動車、電力の関係者によるNapa Valleyの合宿での真剣な議論が一つの出発点になったと思っています。
コラム著者: 平野 宏和
Nissan Research & Development(USA)でEV企画を行い、
日産自動車でハイパーミニの商品企画を担当した。
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