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モータ冷却技術


第5回 モータ冷却技術

1.はじめに
  EVの歴史は1873年にロバート ダビッドソンが世界で初めてEVを開発したことから始まる。日本では1911年に国産の電気自動車が試作され、1983年には交流モータによるEVが開発された。一方、乗用車用HEVとして、1997年にトヨタ・プリウスが発売され、HEVの新時代が幕をあけている。(2004年にはHEV約13万台が販売されている)
  HEVの実用化が進むにつれ、車両の限られたスペースに搭載するため、小型高性能なモータが要望されるようになった。
これは、モータの体積あたりの出力トルクを向上させることを意味し、大きな発熱量を小さな放熱面積で効率よく冷却する
という熱性能の課題が発生する。
  本解説では、EV・HEVモータの熱設計において必要とされる下記の基礎的知識を説明し、今後の開発動向について紹介する。
  ・モータの運転に伴う発熱の原理(銅損・鉄損)
  ・モータの種々の冷却方式(水冷・油冷・空冷)

2.モータ熱性能の課題構成
下図に示すとおり、「発熱」「抜熱(冷却)」「耐熱」の3分野によって熱性能が成立する。
  モータ運転に伴い「発熱」が発生する。この発熱をモータ外へ排出するため「抜熱」を行う。発熱と抜熱のバランスによって
モータ各部の温度が上昇し、とりわけコイル・磁石等高温でダメージを受ける部位が、温度上昇に耐える「耐熱」を有して
いなければならない。



3.モータの発熱
  「発熱」は導電材料と磁性材料からなる現在のモータ構成では、不可避的に発生する。以下、銅損、鉄損、機械損の順に説明する。
3-1.銅損
銅損は通電電流によりコイル電気抵抗で発生する発熱である。三相交流モータでは、銅損は下式で表される。



上式より、銅損は電流の二乗に比例して大きくなることがわかる。これはモータの運転状態として、電流の大きい領域、
すなわち低回転・大トルク(図2)で銅損が支配的であることを意味している。
3-2.鉄損
  ヒステリシス損と渦電流損に分けられる。ヒステリシス損はモータの磁路を形成する電磁鋼板(コア)の物性が原因で発生するものであり、回転による磁界の変化で磁束密度が変化することに起因する。
  磁性材料は、磁界の変動に対して図3に示すような特性を示し、ヒステリシス曲線を描く。このヒステリシス曲線に囲まれた面積が損失となる。ヒステリシス損は下式で表される。



  次に、渦電流損について説明する。コアに通る磁束が変動すると、磁束線のまわりに渦状の電流が流れる。この電流に
よる電気抵抗発熱が渦電流損である。コアだけでなく磁石においても発生し、磁石減磁の要因となり得るので注意が必要
である。



  鉄損は、ヒステリシス損、渦電流損とも運転周波数に依存して大きくなるため、モータの運転状態としては高回転数領域で発熱が大きくなる。(図2)




3-3.機械損
  最後に機械損であるが、軸受部の摩擦およびロータとステータ間のエアギャップ部における空気の攪拌抵抗が主たる発生要因である。機械損は通常、銅損・鉄損に較べ小さな値となるが、厳密な発熱検討を行う際は考慮する必要がある。

4.モータの冷却(抜熱)
  モータの運転に伴い発生する熱は、モータ構成材料の有する熱容量に一時的に蓄えられるが、連続的な運転を行うため
には、モータ機外へ熱を抜熱する構造が不可欠である。冷却方式としては、使用する冷媒の種類によって一般的に空冷、
水冷、油冷がある。
4-1.空冷方式
  空冷方式は、走行風や冷却ファンを使いモータに空気をあて、熱を奪う方式である。モータの筐体表面にフィンをたてて筐体を通じて放熱を行う構造や、モータ内部に直接通風して内部を冷却する構造等が知られている。空冷方式では、冷媒の循環装置や冷却装置を必要とせず、シンプルな構造が実現できる。
  しかし、空気の熱伝達能力に制約され空冷方式では高い冷却能力を実現することはできない。外気温によって能力が変化してしまうというデメリットもある。たとえば、電車では多くが空冷方式を採用しているが、近年モータ出力が170〜190kW
(1時間定格)と高い領域を求めら空冷から水冷に方式をシフトする動きが見られる。HEVへの適用事例としては、ホンダ・
インサイト、シビックなどに搭載されているIMAシステムが採用例である。
4-2.水冷方式
  水冷方式は、これは筐体部に水路を形成し、筐体を通じて抜熱する方式である。水冷では、ラジエータを用いて水温を低く一定に保つことにより、高い冷却能力を安定して得ることができるというメリットがある。循環ポンプの流量を可変とすることで冷却能力を変化させることも容易である。
  水路形成の方法としては、一般にアルミ鋳物を用いているモータ筐体を2重筒構造とし、モータ外周全体に水路を構成する方法や、筐体外皮の一部に水路を設ける方法がある。
  ただし、筐体が水路を持ち構造が複雑化すること、冷却系配管・ラジエータ等のレイアウトスペースの確保、循環ポンプの
電力消費などの課題も発生する。
  水冷は高性能なモータでは次第に一般的になりつつあり、トヨタ・プリウス等が採用例である。
4-3.油冷方式
  油冷は、水冷と同じく液体を用いた冷却方式であるため、高い抜熱能力を有している。また、水とは異なり、油は絶縁性を持たせることが可能であり、モータ内部に油を通流し、モータの発熱部位(コイル、コア、磁石等)を直接冷却し、高い冷却
効果を得ることができる。
  しかし、油冷においても、水冷と同様、配管・オイルクーラー・循環ポンプ等が必要となり、冷却系の構成は複雑になる。
モータ内部に油を導く際も、ロータ・ステータの間に油が侵入する構造とすれば、油の摩擦抵抗(機械損)が生じることに留意しなくてはならない。
4-4.モータ熱性能の成立方式
  簡易なモデルにおいては、モータの発熱と抜熱の関係は下式で表される。

  左辺はモータの発熱量、右辺は冷却による抜熱量と熱容量への蓄熱で吸収される熱量を表している。T(t) は発熱部位の
温度、T0は冷媒温度、Rは熱抵抗値、Cは熱容量である。
ここで抜熱量は

  であり、熱抵抗値が小さいほど、モータと冷媒の温度差が高いほど、抜熱量は大きくなる。熱抵抗値は、発熱部位と冷媒
通路の間の構造を改良し極力熱伝導性のよい構成とすることで小さくすることができる。また、冷媒の通流量を増すことでも小さくなる。
  実際のモータ熱設計においては、抜熱量にかかわる熱抵抗値設定が最重要である。とりわけ、連続性能を重視するモータでは、ほぼ熱抵抗値によってその性能が決定される。しかし、連続性能はさほど求められず、過負荷運転の頻度が高い
モータでは、熱容量への一時的な蓄熱も考慮した設計が必要となる。
  一般に、EVのモータでは駆動力の供給源がモータのみであることから、モータの連続性能が必要とされる。HEVモータ
(パラレルハイブリッドシステム等)では、モータとエンジンが協調して駆動力を提供するので、モータは一時的なアシストで
使われることが多く、連続性能より過負荷時の性能が重視される。このような、搭載システムによる使われ方の違いを反映
して、モータ熱性能を決定していく必要がある。

5.今後の開発動向
  モータ熱性能の成立の3要素である「発熱」「抜熱」「耐熱」の各分野において、さまざまな熱性能向上の開発がなされている。